この数ヶ月の気持ちの変化

4月、関ジャニ∞渋谷すばるの脱退および事務所退所が発表されました。


最初の感想は「信じられない」でした。

前日にそんな週刊誌の記事が出回ってたけど、鼻で笑ってました。私が見てきた関ジャニ∞は、いつも楽しそうで、強い絆で結ばれて、まだまだ上を目指してて、ずっとこのまま続いていくんだと思っていました。

それが、見慣れないないメールがファンクラブから届き、公式HPにコメントが載せられ、会見が開かれ、事実だとわかりました。

会見の映像を見た時は、メンバーのやつれきった表情を見て、涙が止まらなくなりました。涙をこらえて話す人。切ないほどに優しい人。ふてくされたような人。感情をおさえ気丈に振る舞う人。必死に前を向こうとする人。色んな感情が一気に伝わってきました。ファンに対して誠実で正直な対応なのですが、心にあまりにもストレートに刺さりました。痛かったぁ…。

毎日涙を流しながら会見の映像と公式のコメントを見て、「なんでこうなったんだ」「すばるはずっと私たちのアイドルだって言ってたのに」「もう7人の姿は見れないのかな」「6人のエイトを応援できるか分からない」をぐるぐる考え続けた日々でした。

ただ結論を出すのは生でエイトを見てからと決めてましたので、ツアーの申し込みだけはさっさと済ませました。台湾まで行く気にはなれなかったけど。


5月、アルバムGR8ESTが発売されました。


悩んだけど、7人のエイトは好きだから最後まで見届けたいと思い、PVを見るために初回盤を買いました。

でもそのPVのメイキングが辛かったです。私が好きな関ジャニ∞7人のワチャワチャした空気はそこにはありませんでした。みんな笑ってはいるけど、すばるには絡まない、会話もない、目も合わせない。最後に7人でツアーやればいいと思っていたけど、その空気感を見て、これはもう一緒にライブをできる状態ではないと思ってしまいました。6人も前を向いて歯を食いしばって進んでいたし、7人を望むのは悪いことなのかもと思いました。


6月、というよりは5月からですが、ジャニーズ内の別グループで大問題が続き、すばるの件はどこか彼方へ行っていた感がありました。


脱退なんて夢の中の出来事で実は今後もすばるが居続けるような気がしていた時もあったし、もうジャニーズに夢見るのも潮時かなとヲタ卒に想いを馳せた時もありました。

それが月末になると一転。続々とレギュラー番組が、すばる最後の出演日を発表し始め、一気に現実感が襲ってきました。

スバラジも終わってしまいました。土曜の夜中に聞くすばるの落ち着いた声はすごく好きで、くだらないお便りコーナーを聴きながら夜中に一人笑いながら寝落ちしたことも何度もありました。結局当たらなかったけど、公録にも応募しました。すばるは話し声も色があって素敵ですよね。ラジオ向いてる気がするので、いつかまたやってくれると嬉しいですね。色んなしがらみを乗り越えて頑張ってほしいな。


7月、とにかく激動でした。


まずはヤスの病のことが発表されました。今考えると色々不自然なことはあったのだけど、まさかそんな大病を抱えてたとは思わなかったので、とにかく驚きました。

そして、そんなことを微塵も感じさせず1年以上を過ごしてきた7人を思うと、なんとも言えない気持ちでした。あの大好きな笑顔の裏には辛いことやしんどいことも沢山あって、でも常にファンを楽しませることを最優先している彼らは、苦しむ姿を必要以上にファンに見せないんですよね。かっこ悪い姿は沢山見せてくれるけど。

勝手な思い込みですが、ヤスの病気の件もきっとすばるの中できっかけの一つだったのかもしれないと思っています。赤の他人の私ですら、同世代のヤスが大きな病にかかったことは、自分の体調とか人生とかを考えるきっかけになりました。それが身近な人物だったら、より一層考えるでしょう。もし自分に万が一のことがあった時、本当にやり残したことはないだろうか、このままでいいのだろうかって。


そしてやってきた怒濤の生放送三連発。

アルバムの時点で、もう大好きだった7人を見ることを諦めてた私でしたが、彼らはやっぱり素敵な人たちでした。

どの曲も、お愛想ではなく本当にeighterが聴きたかった曲だったと思うし、最後まで笑い合う彼らが見れて嬉しかったです。泣いて笑って、最後の最後まで大好きが加速しました。

諦めは全然つかないけど、7人の最後としてはこれ以上ないくらい最高のものを残してくれました。


翌週はすぐに6人でツアースタート。

自宅待機でしたが、気になって気になってすぐにレポを漁りました。6人はすごく頑張ってくれて、すごく良いライブになっていそうな気配を感じました。自分の目で確かめるけど、きっと期待して大丈夫。まだまだ好きが更新されていく気がしています。


というのを2ヶ月前に書いたのに投稿していませんでした。

思い返すと、この頃苦しかったなぁ。やはり、時間が一番の薬です。

あかときいろ。ジョンとポール。

まったく気持ちは落ち着きませんが、

本日はすばると亮の話をします。


eighter誰しもがぶち当たる悩み(笑)だと思うのですが、関ジャニ∞ってどこを切り取っても素敵なペアですよね。


亮ちゃん周りでいうと、

<よこりょ>またの名をB J兄弟。お兄ちゃん大好きで思わず噛みつく弟。それがまた可愛くて仕方ないのに素直になれない兄。バナナジュースに始まり、電話番号知らせる知らせないだの、飲みに行く行かないだの、揉める内容がバカップル。照れ屋同士の両思いって最高だよね。

<ひなりょ>いや、むしろヒナって亮ちゃん産んでるよね?褒める、話を振ってあげる、なんて当たり前。魚はほぐすし、鼻だってかんであげる。目に入れても痛くないひたすらの溺愛。そんな頼りになる母ちゃんのことを、心より尊敬してる息子。素敵な親子です。

<まるりょ>別名ほほえみ。言わずもがなの、ほほえみデートな関係。気づけば密着してる、三十路男性同士としては完全に距離感間違えてる二人。いつもは年齢逆転した舎弟関係なのに、突然本来のSとMが現れる絶妙な二人。二人には二人の世界がある。

<ヤンマー>別名とか言う必要のないくらい昔からヤンマー。姿かたちは似てないのに、醸し出す雰囲気は双子。言いたいこと言い合い、叱りあうことができる、喧嘩もするけど心の底から信頼してる。並んでギターを弾いてるだけで世界平和。

<くらりょ>別名torn。関ジャニ∞のイケメンツートップ。並んで立ってるだけで強いのに、向かい合って手を取って踊るなんてどんだけの攻撃力出してくるの。二人のセンスに任せておけば関ジャニ∞は安泰。


とまぁ語り出したらキリがないのですが、私は中でもダントツのすばりょ=気まずい推しです。

二人の関係性は一言で言うと「尊い」ですね。

二人ともクールキャラとか思われてた節があるのでテレビ番組で絡むこともあまりなかったけど、メンバーもeighterもこの二人の関係性大好物ですよね。私もなかなか表には出さない、裏に隠された二人の嬉し恥ずかしな関係が時々あらわになるのが大好物でした。

亮ちゃんって基本的に他のメンバーに対して、上から目線なんですね。それは決してバカにしてるとかではなく、家族に対する態度のような感じで。そんな中で、すばるにだけは完全に下からで。憧れとか、尊敬とか、崇拝とか、そんな言葉になるんでしょうか。小さい頃からずっとそんな瞳ですばるを見続けていたように思います。「大好き!」という気持ちだけが前面に出まくっている亮ちゃんを見守るのが、私は幸せでした。


そんな私が爆発しそうになったすばりょ体験の代表を二つ。


一つは、十祭のkicyu。

事前のユニットシャッフルアンケートに投票する段階で、私はどうしてもすばりょに歌ってほしくて、想像してすぐ頭に浮かんだのが「すばりょのkicyu」でした。あんな可愛い歌を二人に歌わせたらどんだけ亮ちゃん喜ぶかしら、と。

それが実現した瞬間。味スタ割れるんじゃないかと思うほどの歓声でした。私自身も、イントロ流れた瞬間にほぼ勝利を確信し、姿を認識した瞬間には、絶叫していました。十祭は初日の参戦だったので、なんのネタバレもなく一曲一曲が悲鳴の連続でしたが、なかでもkicyuはダントツでした。

予想通り嬉しさが身体中からにじみ出まくり顔が盛大に蕩けまくった亮ちゃんと、それを心から楽しんでくれてるすばるの姿は、幸せ以外の何者でもなかったです。あの企画考えてくれた人ありがとう…!!ともにkicyuに投票した人たちありがとう…!!

あの初日の嬉し恥ずかしMAX映像を特典映像に入れてくれたスタッフにも感謝です。


十祭が幸せのピークだったとしたら、切なさで爆発しそうになったのがもう一つ、先日のレンジャーです。

そもそもは、最後のセッションのLIFEが始まりで。あの夜、ずっとずっと強がっていた亮ちゃんの糸が切れ、涙を流したのはeighterには忘れられないシーンになったと思います。どれだけすばるが好きで、どれだけ憧れて、どれだけ隣で歌うことに誇りを持っていたか。あの時ばかりは小さかった亮ちゃんに戻ってしまったかのようで、常々オカン目線で亮ちゃんを見守る私としては、胸が痛くて苦しくて嗚咽が止まらなかったです。

でもすばるはそんな亮ちゃんをそのまま捨て去ったりしませんでした。最後のレンジャーで語ったのは、自分のことでもeighterへのメッセージでもなく、錦戸亮のことでした。

亮ちゃんはずっと分かりやすくすばるが大好きなのに対して、すばるが亮ちゃんにどんな想いを抱いてるかはとても分かりにくかったです。でも最後に公に話せる場で、亮ちゃんの話をしてくれたことで、どれだけ大切に想っていたかが伝わってきたように思います。

そして、そのすばるの神対応wを知る前と知った後の亮ちゃん。やり切れなさと、悔しさと、すばるへの大きすぎる愛が、素直な言葉で綴られていました。すばるを諦めたくないのはメンバーもeighterも一緒で、でも大好きだから応援したい。辛いね…。

ずっとずっと不動のセンターすばるを追いかけてきた、エース亮ちゃん。ここからは、センター錦戸亮として関ジャニ∞を引っ張るんですね。すばるはそんな亮ちゃんに、愛ある最後のはっぱをかけてくれました。関ジャニ∞が女性アイドルのように、入れ替えしていくグループだったら、美しい世代交代として歴史に残る場面だったろうに。そしてまたいつかの共演を楽しみに、笑って送り出せただろうに。


ここまで書いておいて一つ気がかりなことがあります。先日のジャムで言っていた「ジョンとポール」の話です。

世代ではないので、各所でビートルズのことを調べまくりました。当時の二人の本当の関係はよく分からないし、深く言及することは避けますが、とあるまとめ文で気になったことがありました。

それは二人の音楽制作について。最終的に袂を分かつことになった二人だったけど、グループ在籍中は制作活動においてお互いに影響を与えあっていて、それが後世に残る名曲を残した一つの要因とか。ポールはビートルズ脱退後も音楽活動を続けますが、ビートルズ時代を超える名曲は生まれなかったようです。(このまとめを書いていた人の主観なので、賛否両論あると思いますが。)

亮ちゃんやヤスがグループに提供した楽曲って、分かりやすくその源にらグループへの愛を感じましたよね。ユニットであっても、組んだ相手の魅力が引き立つような楽曲を作りますし。

以前、作曲の裏話でヤスが「このパートはすばる」と決めながら作曲をしてる話をしていました。二人にとってすばるの声はギターやピアノと同じように、いつでも脳内で再生できる音だと思います。いつも当たり前にあったそれを使用しないで楽曲を作るのは、きっと酷な作業になるんでしょう。きっとすばるに歌ってほしかったストック曲もいくつか持っていたでしょう。あ、泣ける。

逆にすばるは何を思って曲作りをしていたのかなぁ。多くを語らない彼だから、今となってはもう分からないけれど。すばるの音楽の源は関ジャニ∞ではないのかなぁ。彼が残してくれた楽曲の源は関ジャニ∞だと願うけど、旅立つ今は変わってしまっていることを願います。関ジャニ∞を糧に、新たな何かを、必ず見つけてください。


ジョンとポールにはならなくていい。

すばると亮でいてほしい。


渋谷すばるという人

いよいよ6人の関ジャニ∞が始まります。

しかし、セブンイレブンでは7色のグッズがこれから発売され、森永製菓でも7人のCMが始まるとか。

プレ販が始まったグッズの中にも、ペンラのライトが赤色に光ったり、なんといってもGR8EST BABYという7人の遺伝子のかたまりがいたりと、すばるの痕跡がちらほら。

そんなにすぐに消せるものではないですよね。


すばる担ではない私が書くのはおこがましいですが、私の目から見たすばるについて、ここに書き留めたいと思います。


私のすばるの第一印象は、「西のすばる」がタッキーと同じくらい人気を誇っていた時でした。

私はタッキー派だったので、正直すばるの独特な歌い方は苦手で、まさか最終的にその人の脱退でここまで心が揺さぶられることになるとは、思ってもみませんでした。


私がeighterになってしばらくのすばるは、ここ最近のすばるよりもっとずっと「いつエイトを辞めてもおかしくない」雰囲気でした。気分屋で、アーティスト気質で、なんとかアイドルっぽく見えないようにすることにこだわってた印象です。

それがここ最近、関ジャニ∞でいられることを誇りに思うような言動が増え、ビジュアル面もアイドルらしく綺麗に整い、メンバーといることを心から楽しんでいるように変わってきました。

すばるも大人になって、バンドマンっぽくなることを諦めて関ジャニ∞として生きることに決めたのかと思っていたのですが、思えばそれはすばるの自制のため、自己暗示をかけるための行動だったのかもしれません。もしくは、終わりに向けて最後のアイドル姿を見せようとしてくれてたのかも。

渋谷すばるは本当に食えない、難しい人です。


そんな難しく不安定な人でしたが、確実にすばるはこれまでの関ジャニ∞の支柱であり絶対的センターでした。

メンバーもみんなそう思っていた気がします。みんなすばるのことが大好きで、すばるが面白いことを言えばみんなで大笑いし、すばるが歌うためにみんな楽器を練習し、すばると一緒のグループでいることを誇りに思っていました。

それはすばるにとっても大きな力になったと思うし、それがあったからすばるは今日まで関ジャニ∞にいられたのだと思います。もっとメンバー関係が希薄で、すばるへのここまでのリスペクトがなければ、関ジャニ∞渋谷すばるという人はとっくにいなくなっていた気がします。


話は変わりますが、今回のすばるの件でメンバーからあまり謝罪の言葉を聞いていないことに最近気がつきました。

比べるようで申し訳ないのですが、KAT-TUNからメンバーが脱退した時、残ったメンバーは何度も何度も関係者やファンに謝罪していました。関係者向けには必要なことなのかもしれませんが、ファンとしては謝罪される度に辞めていったメンバーがどんどん悪者になり、楽しかった大切な思い出まで嫌なものに変わっていった気がしていました。

私の中でその呪縛が解けたのは、KAT-TUN10周年のツアーの時です。最後のMCで、亀ちゃんは辞めていった元メンバーの名前を出して、感謝していると言ってくれました。私が大事にしてた思い出を無かったことにせず、まるっと受け止めて進んでくれていることが嬉しくて、それまで興味を失っていたKAT-TUNに対しても、また応援したい気持ちが湧いてきました。

それまでに私は5年かかりました。

関ジャニ∞は今回の件で、否定的なことも言わないし、ネガティブなところも見せないし、謝罪も最低限でした。

それによってeighterは自然と、メンバーのすばるへの愛と感謝の気持ちと、温かい友情と、これからへの希望に目を向けさせられています。やりきれない思いはありますが、怒りや反発の気持ちは生まれませんでした。

素敵なグループを好きになったと、誇りに思えます。


とか言って「辞めるの辞めます」と言ってくれたら、いつでも大歓迎ですけどね。

やっぱりすばるの声がない関ジャニ∞の歌も、すばるのいないライブも、すばるのいないバラエティ番組も、全然想像がつかないです。関ジャニ∞の中でおっさんになっていく姿を見ていたかったし、一緒におばはんになっていきたかったです。

でもそれですばるが心から笑えなくなってしまうのは嫌なので、身を引き裂かれる痛みを感じながら見送ります。


クロニクル が素敵な言葉を贈ってくれましたね。

「いつか本当の初老になった時、みんなが笑ってますように。」

もうそれだけが頼りです。

いつか8人で笑いあう姿をミセテクレ!


すばる、

あーりーがーとーうー!!!

私がeighterになるまで

私が最初に亮ちゃんを知ったのは、まだハイトーンボイスでSecret agent manを歌っていた頃でした。

当時はジャニーズJr.が黄金期と呼ばれた時代で、Jr.の番組も沢山あったし、Jr.だけでMステに出ることもあったし、次から次へと新しく出てくるJr.たちを誰よりも早く見つけて周りの友人より先に「〇〇くん格好いいよね」と言うかみたいな勝負がありました。

私は当時特に誰か好きということもなかったのですが、時代も時代だったので普通にテレビを見てれば有名どころのJr.の顔と名前は嫌でも入ってきて、いわゆるお茶の間ファンとして彼らを見守っていました。

そんな中で今でも印象に残ってるのが錦戸亮ちゃんの可愛さです。

天使のような整ったお顔に、ハイトーンボイス。ブッカブカの衣装を着て、真ん中で歌う亮ちゃん。まさか自分と同世代、まさか年上なんて思えなかったです。(歳がばれる。)

当時のMステをVHSで録画したものをDVDで焼き直しまだ持っているのは、私のなかなかのお宝です。


それからしばらくは亮ちゃんとって関ジャニ∞にとってしんどい時代が続いたのですが、残念ながら私はほとんどその頃の彼らを知りません。

今ほどネットも発達していなくて、関東に住んでる学生の私には、彼らの活躍はまったくと言っていいほど耳に入ってきませんでした。

年上3人も合わせて、関ジャニっていう呼ばれ方はずっとしてたのでそこにエイトが付いたことも特に気にならなかったし、マル・ヤス・大倉・内くんなんて知りませんでした。


次に私が亮ちゃんを見た記憶は、NEWSとしてでした。

あの可愛かった亮ちゃんがいきなり大人になっていて、しかも関ジャニの人たちじゃなくて山Pのグループでデビューっていうのは、当時なかなかの衝撃でした。

そこからまた亮ちゃんは東京のテレビに出始め、NEWSとしての活動も、ドラマに出る姿も普通に見られるようになりました。

てるてる家族で亮ちゃんが空を飛んだ時は、とんでも演出に腹がよじれるほど笑ったのを覚えています。


しかし私がeighterになったのはこの時でもありませんでした。

その後私はKAT-TUNに足を踏み入れました。KAT-TUN関ジャニ∞は度々共演もあったので、その中で関ジャニ∞の他のメンバーや初期の楽曲を覚えていきましたし、同じ番組に出てれば録画していたので、当時の関ジャニ∞の映像も少しは所持しています。

ただその頃はKAT-TUNに夢中でしたので、関ジャニ∞への印象は「楽しそうなグループだなぁ」といった感じで、亮ちゃんもずっと好きではあったけど、一番ではありませんでした。


転機はかなり経った後の2010年でした。

KAT-TUNから赤西仁が脱退し、私はもう追うのを辞めることにしました。

当時私はYou&J(NEWSと関ジャニ∞KAT-TUNの合同ファンクラブ)の会員でしたので、3ユニのどこのファンであろうとどこのコンサートも申し込むことができました。

KAT-TUNを降りる決意をさせられたのは突然のことでしたので、会費を払ったばかりでした。もうジャニーズともお別れだろうと思ってた私は「会費払ったし最後になんかコンサート行っとくか」という軽い気持ちで関ジャニ∞の世界に踏み入れました。NEWSに行く選択肢もあったのですが、意識してエイトを選んだのを覚えています。


色々とポイントはあるのですが、私がエイトを選んだ理由の1つは彼らのバンドスタイル…LIFEという曲がありました。

大阪の歌、情けない男の歌、底抜けに明るくワイワイ歌ってる彼らしか見てこなかった私に、LIFEは初めて「関ジャニ∞ってかっこいい」と思わせてくれました。当時はeighterではなかったのでその裏に並々ならぬ想いがあったことは知らなかったのですが、一般人だった私にも何か感じるものがあったんでしょうね。関ジャニ∞を生で見てみようかという選択をしました。


この後のことはeighterの方々にはわざわざ語る必要ないと思います。パッチなんて素敵に決まってるし、転がるようにエイト沼に堕ちました。


気づけばあれから8年ですか。

長いようであっという間で。


楽しい思い出が沢山できました。

奇跡みたいな瞬間もありました。


私がeighterになった時は関ジャニ∞はすでに7人で、それが崩れるのはとても怖いことです。あの時KAT-TUNを降りた私だからこそ、強く思います。


今の正直な気持ちは、6人になった関ジャニ∞を今まで通り好きでいられるかわからないということです。それはこれから6人の姿を見て自然に決まることで、「好きでいる!」と決意していてもどうにもならないことです。


でも今、これまでで一番亮ちゃんが愛おしいです。彼の想いを受け取って、彼を後押ししたい気持ちでいっぱいです。

4月からずっと前を向いていた亮ちゃんが、涙を零しながら最後の歌を歌った後に、すばるに関ジャニ∞を引っ張る宣言をした。

なんていい男に育ったんだろうね。

こんなん見せつけられてどうしたらいいんだろう。

とりあえず次に会うまで少しでもいい女になれるよう頑張りますか。

永遠に続けなんて願わないから

2018年7月9日。

関ジャニ∞の「せめてあと少し」が終わりました。


4月15日からしばらくの間、ジャニーズ界隈は色んなマイナスの話題に事欠かず、すばるの件はなんとなく私のなかでも過去の話題になっていました。

なんだかもしかしてこのままずっと7人でいるんじゃないかって思うくらい、普通に時が経っていって。

でも6月の終わりあたりから急に終わりが見え始め、ヤスのことが発表され、息つく間もなく過ぎ去っていきました。

この間の気持ちの変化はまた後日。


いよいよやってきた最後の時は、関ジャムのセッション。しかも生放送という最高の最後でした。

発表された放送内容は「7人最後の夜に届けたい二曲」ということだったけど、どうせテレ朝だしオモイダマ?関ジャムでやった曲だし今とか?なんて浅はかな思いでいたあの頃の私をビンタしてやりたい。

テレ朝さん本当にありがとうございました。

すばるを含め、彼らが本当に周りのスタッフさん達に愛されて仕事をしてきたことが伝わる放送でした。

今後ともどうぞよろしくお願いします。


まず過去の放送を振り返るシーン。

(欲をいえばワイプが7つ欲しかったけど)最後の時を惜しみながら楽しむいつもの7人の様子が伺えて、最近の7人の空気感を心配していた気持ちがすーっとなくなりました。

大倉も言ってたけど、この人たちの中になんのギスギスした空気も気持ちもないんだなって。ただただ愛おしい時間でした。


亮担として語るべきはビートルズですかね。

私はビートルズ世代ではないので「ジョンとポール」の関係性はよくわからなかったけど、後日調べたのでまた今度。


さ、セッションです。


一曲目はスカパラさんとの無責任ヒーロー

本当に何度聴いたことか分からないこの曲を、こんな日にこんな気持ちで聴くことになるとは思いませんでした。

楽しいのに、切ない。

顔は笑って、心が泣いてる。

スカパラさんが盛り上げてくれたから、彼らは最後の無責任をしっかりと楽しく締めることができたと思います。

とても素敵な演奏でした。


二曲目は大阪ロマネスク。

あ、そっちね、って思いました。本気で彼らの選曲なんだなって。これはやばいなって。

すばるの歌い出し、大好きでした。何度も鳥肌が立って、ドキドキして、涙が出たな、と色んなライブのことを思い出しました。

特に十祭のことを。私はエイトの野外ライブは十祭が初めてで、生温い風の感じとか、夕暮れから夜に変わる光景とか、広い場所に響き渡るすばるの声とか、花火の火薬の匂いとか、色濃く印象に残っています。彼らとeighterとの思い出の中に確実に存在する曲ですね。

元々切ないメロディーですが、最後の7人ロマネはもれなく切なかったですね。

時々上を見ながら歌う亮ちゃん。涙を堪えてるなって、でもきっと最後まで耐えるんだろうなって思って、頑張れ頑張れって思ってました。


ロマネにより、がぜん期待の上がった最後の三曲目。曲はLIFEでした。

誰もが納得する選曲でしょう。何を隠そう私のeighterの始まりも、思い返せばこの曲だったから。最後がこの曲だと分かった瞬間にはすでに涙が流れてました。

曲が始まって割とすぐ、亮ちゃんが歌えなくなってしまいました。

すばるの脱退が発表されてから、いつも前を向いて、いつもを笑顔を見せてくれた亮ちゃんの張っていた何かが崩れた瞬間でした。

いつも真ん中で歌ってきた大切な同志が、ずっと昔から憧れ続けた先輩が、永遠を夢見てしまうほど大好きな横顔が、隣からいなくなってしまうことはどれだけ苦しいことでしょう。私たちには計り知ることもできないけれど。その気持ちが最後に露わになってしまったことをかっこ悪いなんて思わないし、私たちが寂しいのと同じように亮ちゃんも寂しさを感じてくれてると思うと、どこか置いてけぼりにされてた感情が救われた気がして安心しました。

あの泣き顔を思い出すだけで、1週間経った今でも胸がぎゅっとなり涙が出てくるけど、一生忘れられないLIFEになりました。

亮ちゃんの涙も、歌えなくなった亮ちゃんの分も必死に歌うヒナも、傷ついた身体で懸命に演奏するヤスも、涙を堪えて微笑むマルも、気持ちがいっぱいで無表情になってるヨコも、一生懸命満面の笑みで演奏しすばるに手を伸ばす大倉も、すばるが最後に叫んだ「eighter!」も、忘れられないし忘れません。


そして番組が終わっていきましたが、私の涙は止まることなく、眠れない夜を過ごしました。

少し眠っては起き、亮ちゃんの涙を思い出してまた泣き、を起きなくてはいけない時間まで繰り返しました。

実はその昔KAT-TUNを追っていた時期があり、この痛みは泣いて泣いて時間が解決してくれるのを待つしかないと知っているので、私は泣きたくなったら泣きます。

亮ちゃんが流せない涙の分まで流しておきます。


  永遠に続けなんて願わないから

  せめてあと少し もう少しだけ


みんなが祈った時間が終わってしまいました。

まだまだ吹っ切れないけど、7人の関ジャニ∞の素敵な姿を最後の最後ギリギリまで見せてくれてありがとう。


永遠を願うのはやめるけど、いつかの未来を期待してしまうのは、仕方ないよね。

はじめに

初めまして。eighter です。

全国のeighterがそうであるように、私も想いが溢れかえって止まらないので、自分の気持ちの整理とこれまでの経験の整理のために前々から気になっていたはてなブログに手を出しました。

初めに言っておきますと、わたしはすばる担ではありません。純然たる亮担、亮ちゃん史上主義。

だからこそ、彼が愛してやまない「すばるくん」の脱退は、私にとっても天地を揺るがす大事件なのです。

亮ちゃんを見つけて約18年。

eighter歴約8年。

細く長く見守ってきた関ジャニ∞の大きな一区切りを、今の気持ちのまま書き留めたいと思います。


って書こうとしたら、最後の気まずい爆弾が投下されました。

なんだろうね。言葉にならないけど、とにかく大好きです。

亮ちゃんが願わないなら、私が永遠を願うよ。